小児鍼(はり)って何?
小児鍼は、子どもの皮膚に専用の鍼具を用いてそれぞれの症状に適したツボや部位を選び、ごく軽微な心地よい接触刺激を与えます。これにより自律神経を良好な状態に調整し、自己治癒力を高め、子どもの健康な成長と発達を促す鍼治療です。
小児鍼の歴史は古く、江戸時代中期にすでに大阪を中心に、いくつかの名家によって独占的に行われ庶民の間に浸透していました。その後、鍼灸諸家がこれに倣い、大正から昭和初期の頃に最も盛んに行われました。この時代はいわゆる子沢山の時代でした。今日を代表する小児鍼の専門家である谷岡賢徳先生の著書『奥義と実践 小児鍼』(六然社)によると、この時代は庶民の知恵として「小児鍼をしていたら子供はスクスク病気をせずに育つ」ことが知られていたそうです。「月に二度、小児鍼をしておいたら安心」との噂も流れたとか。続く戦中戦後の医薬品が欠乏した時代にも「一本の鍼と技術さえあれば対応できる小児鍼は低廉で庶民的な療法」であったそうです。
しかし1961年に国民皆保険制度が制定され、誰もが安価で医療を受けられるようになると小児鍼は全国的に衰退しました。
しかし近年ふたたび、小児鍼は再評価されています。ワクチンの普及で感染症は減少したものの、子どもの免疫力はますます低下しています。しかも環境汚染、情報社会など複雑化する環境の中で、現代医学だけでは対応しきれない子どもの現状があります。そのような中にあって小児鍼は、薬のような副作用がなく、自律神経のバランスを整え、自己免疫力を高め、子どもの健康に貢献できます。皮膚の驚くべきはたらきが科学的に解明されるにつれ、小児鍼の有効性が証明されつつあります。現在、大阪生まれの小児鍼は我が国のみならず、アメリカやドイツなど世界各地でも行われています。
なぜ効くの?
ヒトが発生するとき、まだ卵だった時のお話をします。
受精卵は細胞分裂を繰り返し、ヒトの体へと分化していきます。
受精卵は内胚葉・中胚葉・外胚葉の3つの部分から成ります。各胚葉はそれぞれ、
・内胚葉→呼吸器、消化器などの内臓
・中胚葉→骨格筋、循環系など
・外胚葉→皮膚、感覚器、神経系
へと分化していきます。
ここで重要なことは、皮膚が感覚器や神経系と同じ由来を持つということです。皮膚への刺激が速やかに脳へと伝わり、自律神経を介して内臓に影響を及ぼすメカニズムがここにあります。
しかもこの皮膚⇄脳のつながりは、大人よりも分化から間もない赤ちゃんや子どもの方が強いであろうことが想像できます。
自律神経とストレス
自律神経は外界の変化や刺激に合わせて、循環・呼吸・体温・消化などを自動的に調節してくれています。この自動調節機能がうまく働かなくなった時、生体にさまざまな不具合が起こります。
現代社会は非常に便利でもありますが、生体が処理しきれないほどの刺激に曝され続けるストレス社会でもあります。とくに子どもは心身が未成熟で無防備であるため、その刺激から受ける影響は大人以上に大きく、また深刻です。興奮した神経が鎮まる間もなく新たな刺激に曝されるという状態が繰り返されると、やがて不健康な状態が表れるようになります。
健康の3要素
健康の指標は、快食・快眠・快便です。この3つが整っていれば健康といえるでしょう。しかし、最近この3つに不調のある子どもが多いのです。最近はテレビだけでなく動画サイト、ゲーム、SNSなど誘惑が多く、大人もそうですが、寝る時間が遅くなりがちです。そのため朝の目覚めが悪くなり、朝の食欲がわかないという悪循環をよく目にします。
子どもの不調においては、この3つのいずれかまたは全てが阻害されています。つまりこの3つを改善していけば身体は健康に向かいます。
小児鍼にはこのような作用があります
小児鍼の心地よい刺激により自律神経の過度な興奮が鎮まると心身がリラックスし、よく眠れるようになり成長ホルモンの分泌が促されます。また皮膚への快刺激は愛情ホルモンとして知られるオキシトシンの分泌も促進します。オキシトシンの分泌は不安感を軽減し気分を安定させ、社会性を促進します。このように睡眠、ホルモンの分泌、気分の安定などが整ってくると自己治癒力が増進します。また、血流も良くなり食欲も増してきます。このように小児鍼は子どもの健康な成長・発達を確実に後押しします。
小児鍼をきっかけに、お子さんやご自身の健康について主体的に考えて下さるようになるのも鍼治療の効用のひとつだと思います。
小児鍼の適応症状
睡眠に関するもの
夜泣き、寝つきが悪い、不眠、夜驚症など
気分に関すること
かんしゃく、イライラ、物を投げる、元気がないなど
食事に関するもの
吐乳、嘔吐、食欲がない、偏食、好き嫌いが多いなど
排尿・排泄
おねしょ、遺尿、便秘、下痢など
呼吸器に関するもの
風邪をひき易い、喘息、アレルギー性鼻炎など
その他
アトピー性皮膚炎、チック症、頭痛、虚弱体質、成長痛、気分の安定、健康増進など
※最近、発達障害や自閉症スペクトラムと診断される方が増えました。適切な療育のもと、小児鍼を行うことにより自律神経をリラックスさせ、快食・快眠・快便の生活リズムへと導き、気分も安定してきます。子どもの成長する力と相まって改善していく症状は数多くあります。子どもの成長力は絶大です。小児鍼はそれをしっかりと後押しします。
※不登校の小中学生は増加の一途をたどっています。不登校のきっかけや原因は様々です。小児鍼をしたら不登校が治るというものではありませんし、学校に行きさえすればよいということでもありません。共通しているのは、不登校の子ども達は皆、大きなストレスを抱え、健康の3大要素である快食・快眠・快便が損なわれているということです。小児鍼は疲れた自律神経をリラックスさせ、心身の健康化を目指します。まずは心身の疲れを癒し元気を取り戻してから。それから考えましょう、とお話ししています。
治療頻度および期間の目安
・最初のうちは週に1~2回一定期間の施術が必要です。
・軽症ならば3~5回目くらいで症状が改善してきます。
・重症の場合は、数日間連続での施術が必要な場合もあります。
・慢性症状の場合は治療期間が長くかかります。
・1回の施術時間は約5分前後。
・子どもの身体は小さく敏感です。一度にたくさんの刺激を与えることはできません。
・大人の感覚からすると驚くほど軽微な刺激ですが、それぞれに応じたツボや部位を選んで適切な加減の刺激を与えます。
使用する鍼具について
当院は、大師流小児鍼を使用しています。
大師流小児鍼とは、大阪で130余年続く大師はり灸療院の初代で僧籍も持たれていた明海氏が創案した小児鍼です。
小児鍼の奥義はいわば門外不出であったものを、当代、大師はり三世である谷岡賢徳先生が、小児鍼の出来る鍼灸師をもっともっと増やして、世界中の子どもを笑顔にしたいと願われ、その技術を講習会を通じて志のある鍼灸師達に伝授されるようになりました。以来大師流小児鍼は、すべての子ども達を笑顔にすべく、国内にとどまらず世界中に広まりつつあります。